※プライバシー保護のため、依頼者の名前は全て仮名です
六月の日曜日、僕は白いシャツにネイビーのチノパンを合わせて、都内のある住宅街を歩いていた。左手にはデパートで包んでもらった焼き菓子の紙袋。右手には、依頼者から送られてきた「設定シート」のメモ。
職業:IT企業のシステムエンジニア。年齢:三十一歳。出身:千葉県。趣味:ランニングとコーヒー。交際期間:八ヶ月。
その日、僕は「サキさん」という二十九歳の女性の「彼氏」として、彼女のご両親に初めて会うことになっていた。

インターフォンを押す直前、サキさんが僕の腕をつかんだ。その指先が震えていた。「大丈夫ですか」と小声で聞くと、彼女は笑って「大丈夫じゃないです」と言った。僕も笑った。正直に言えば、僕だって大丈夫じゃなかった。何百回と現場を踏んできても、玄関のドアが開く瞬間の緊張だけは、慣れることがない。
「好きな人ができたの」と言えない理由
サキさんが僕たちに依頼してきたのは、五月の終わりだった。メールにはこう書かれていた。
「母が病気です。あまり時間がないかもしれません。一度でいいから、娘に恋人がいると安心させてあげたいんです」
電話でもう少し詳しく聞いた。サキさんのお母さんは長い闘病生活を続けていて、最近になって容態が変わったという。お母さんはずっと「あんたは一人で大丈夫なの」と心配していた。サキさんに恋人がいないわけではなかった。過去にはいた。でも今はいない。それだけのことだ。それだけのことなのに、病室で母親の顔を見るたびに、「彼氏いるよ」と嘘をつくようになっていた。

嘘は、つき始めると育つ。「どんな人なの」「いつ連れてくるの」「お母さん、会いたいな」。その言葉のひとつひとつが、サキさんの胸に積もっていった。
僕はこういう依頼を何度も受けてきた。親を安心させたい。ただそれだけの、切実な願い。「嘘をついている自分が嫌だ」とサキさんは言った。でも、お母さんを不安にさせることはもっと嫌なのだと。その矛盾の中で、彼女は僕たちを見つけた。
お父さんの握手、お母さんの涙
玄関を開けてくれたのは、お父さんだった。がっしりした体格で、表情は硬い。「どうぞ」とだけ言って、僕たちをリビングに通した。お母さんはソファに座っていた。痩せていたけれど、目がとても澄んでいた。
僕は焼き菓子を渡しながら「初めまして。サキさんにはいつもお世話になっています」と頭を下げた。お母さんが「まあ、こんなにしっかりした方」と言って、涙ぐんだ。まだ何も話していない。ただ僕が「存在した」だけで、涙が出たのだ。
食卓を囲んだ。お父さんが「仕事は何をしているの」と聞く。設定シート通りに答える。「システムエンジニアです。地味な仕事ですけど、やりがいはあります」。お父さんが少しだけ頷いた。お母さんが「サキは料理下手でしょう、大丈夫?」と聞く。サキさんが「お母さん!」と声を上げる。僕が「いえ、肉じゃがを作ってもらったんですけど、すごくおいしかったです」と言うと、お母さんは嬉しそうに「あの子が肉じゃが……」と呟いた。
三時間。たった三時間だった。でもその三時間の中に、何年分もの安心が詰まっていたと思う。帰り際、お父さんが僕に握手を求めてきた。その手は大きくて、温かくて、力が強かった。「よろしく頼むよ」と言われた。僕は「はい」とだけ答えた。それ以上の言葉は出なかった。
「嘘」は誰のためにあるのか
駅までの帰り道、サキさんと少し歩いた。彼女は「ありがとうございました」と何度も言った。そして「これって、ひどいことですか」と聞いてきた。
僕はいつもこの問いに向き合っている。嘘をつくことは悪いことか。倫理的に考えれば、そうかもしれない。でも、あの食卓で生まれた空気は本物だった。お母さんが流した涙は本物だった。お父さんの握手の力は本物だった。サキさんが母親に見せたかった「安心」は、嘘の中に確かに存在していた。
感情が本物なら、それは本物だ。僕はそう信じている。信じていなければ、この仕事は続けられない。
でも同時に、僕は忘れないようにしている。この「本物」は期限付きだということを。僕がいなくなった後、サキさんは「彼氏」の不在をどう説明するのか。その先のことまで、僕たちは一緒に考える。「海外赴任になった」「遠距離になった」「話し合って別れた」。どんな終わり方にするかも、大事な設計のひとつだ。始まりだけでなく、終わりまで丁寧に作る。それが僕たちの仕事だと思っている。
六月に「恋人紹介」の依頼が増える理由
レンタル恋人の依頼には、季節の波がある。年末年始、お盆、ゴールデンウィーク——家族が集まる時期に依頼は増える。そして六月。梅雨の季節に、実は依頼が跳ね上がる。
ジューンブライドの影響だろうか。周囲で結婚式が増え、「あなたはどうなの」という圧が強まる時期でもある。同僚や友人の結婚報告が続くと、親からの連絡も増える。「いい人いないの」「そろそろ考えたら」。悪気はない。心配しているだけだ。でもその心配が、本人にとっては重い。
最近は男女問わず依頼がある。女性が「彼氏を紹介したい」という依頼もあれば、男性が「彼女を親に見せたい」という依頼もある。共通しているのは、親を失望させたくないという気持ちだ。「自分のため」ではなく「親のため」に依頼する人がほとんどだという事実を、僕は重く受け止めている。
この社会は、誰かと一緒にいることを「正解」として、一人でいることを「問題」として扱いがちだ。そのプレッシャーの中で、僕たちのサービスが必要になる。本当はこんなサービスはないほうがいい。でも、必要としている人がいる限り、僕は続ける。
演じた「僕」と、本当の「僕」の境界
サキさんの家を訪れた日の夜、僕は自分の部屋で天井を見つめていた。
「よろしく頼むよ」という声が、まだ耳に残っていた。
僕には二十三の家族がある。三十五人以上の子供たちの「父親」であり、六百人以上の女性の「夫」を務めてきた。そしてその日、また一人の女性の「恋人」になった。たった三時間だけの恋人。でもお父さんは、僕の手を握った。
こういう夜、僕は自分がわからなくなる。シャツを脱いで、設定シートを片付けて、「石井裕一」に戻る。でも、戻った先の「石井裕一」は何者なのか。あの食卓で笑っていた僕は偽物だったのか。肉じゃがの話をして頬が緩んだのは演技だったのか。
正直に言う。わからない。
ただひとつわかるのは、あの場に座っていたとき、僕は「サキさんを幸せにしたい」と確かに思っていたということだ。それが職業的な責任感なのか、人間としての感情なのか、もう区別がつかない。区別がつかないことを、僕は怖いとも思うし、これでいいとも思う。
「ありがとう」の重さを抱えて
後日、サキさんからメッセージが届いた。
「母が、あの日のことをずっと話しています。『いい人で安心した』って。ありがとうございました」
僕はその文面を読んで、少しだけ目を閉じた。
僕に依存してほしくない。僕を使って、本当の人間関係を築いてほしい。いつもそう思っている。サキさんがいつか本当の恋人を見つけて、その人をお母さんに紹介する日が来ればいい。そのときに「前の彼氏より、この人のほうがいいわね」なんてお母さんが言ってくれたら、僕の仕事は完璧に終わる。
六月の雨が窓を叩いている。僕のスマートフォンには、明日の依頼の詳細が届いている。次の設定シートには、また別の名前、別の職業、別の人生が書かれている。
あのお父さんの握手の感触が、まだ右手に残っている。あの力強さは、「娘を頼む」という祈りだった。僕はその祈りを、三時間だけ受け止めた。三時間だけ。でも、三時間だけでいいのだと、僕は思うことにしている。
人は誰かに安心を与えたくて、嘘をつく。そしてその嘘の中に、本物の愛情が宿ることがある。矛盾だと思うだろうか。僕もそう思う。でも、矛盾ごと抱えて生きるのが、人間なのだと思う。
雨は明日も降るだろう。僕は明日も、誰かの「大切な人」になる。
「演じることと、本当に寄り添うことの境界線は、思ったより曖昧だ」
— 石井裕一